ソウル/ファンク/R&Bの影響系譜
ソウルは、教会のゴスペルとブルースが世俗の感情と出会った地点から始まる。 オーティス・レディングは「リトル・リチャードがいなければ、自分はここにいない」と語り、ウィルソン・ピケットはそのリトル・リチャードを「ロックンロールの設計者」と呼んだ。 その土台の上で、レイ・チャールズがゴスペルとR&Bを融合してソウルの建築家となり、サム・クックが優美な歌唱をアレサやマーヴィン・ゲイへ伸ばす。 下のグラフは、この源流からジェームス・ブラウンのファンク、スライ・ストーンの革新、プリンスやP-Funk、そしてD'Angeloのネオソウルまでを、本人や評論の言葉で配線したものだ。 力学ビューで見ると、矢印がどのノードに集まるかがそのまま系譜の結節点になる。
設計者たち - Little RichardとRay Charles
ソウルの幹は、二人の設計者から立ち上がる。 リトル・リチャードの感情的な歌唱とアップテンポなリズムはジェームス・ブラウンやウィルソン・ピケットのソウル/ファンク形成を促したとされ、オーティス・レディングは彼なしに自分はいないと公言した。 もう一人がレイ・チャールズ。その初期スタイルはルイ・ジョーダンから受け継いだものと見なされ、ゴスペルとR&Bを溶かした唱法は、後にジェームス・ブラウンやスティーヴィー・ワンダーら後続の土台を築いたと評される。 この二本の血が合流した先で、ソウルは一つの様式として自立する。

二つのハブ - Sam CookeとSly Stone
矢印が集まる結び目が二つある。一つはサム・クック。その優美なソウルへの貢献はアレサ・フランクリン、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、カーティス・メイフィールドの台頭に寄与したとされ、オーティス・レディングはクックのライブ盤を研究して歌唱を学んだ。 もう一つがスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン。マイルス・デイヴィスは自伝で「スライを初めて聴いたとき最初の数枚をすり減らすほど聴いた」と述べ、アース・ウィンド・アンド・ファイアーは自分たちの音がスライの影響を受けたと認めている。 Parliament-Funkadelicもプリンスもこの革新を受け継ぎ、力学ビューではこの二つのノードに上流からの矢印が最も密に集まる。

ネオソウルへの継承
1990年代、系譜は一度折り返してクラシック・ソウルへ回帰する。 ディアンジェロは「アルバムのクレジットを読む側の人間で、プリンスが真のアーティストだと気づいた」と語り、その『Voodoo』はジョージ・クリントンにマーヴィン・ゲイの1971年の傑作になぞらえられた。 エリカ・バドゥはスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイを初期の影響源に挙げ、ネオソウルは古典ソウルの継承者とされる。 つまりこのシーンは、源流へ矢印を折り返す枝を持つ。

ヒップホップへの橋 - James Brownの一打
ファンクは、サンプリングを通じてヒップホップの骨格になった。 ジェームス・ブラウンのドラムループはパブリック・エナミーの「Fight the Power」やドクター・ドレーの「Let Me Ride」で鳴り続け、Parliament-Funkadelicはヒップホップのサンプリング文化そのものを形づくった集団とされる。 ここは本人の証言ではなく、サンプリングという事実で繋がる枝だ。このページの源流はそのまま「ヒップホップ」シーンの入口になる。 各ノードをクリックすれば、矢印の先のページへ飛べる。
この系譜で まず聴く5枚
※アフィリエイトリンクを含みます
出典(本人公言・評論の一部)
- Louis Jordan → Ray Charles:出典(レイ・チャールズの初期スタイルはルイ・ジョーダンやナット・キング・コールの影響を受けていたとされる。)
- Mahalia Jackson → Aretha Franklin:出典(マヘリア・ジャクソンはフランクリン家を訪れ、幼いアレサにとって母親代わりであり影響源だった。)
- Sam Cooke → Aretha Franklin:出典(クックのソウルへの貢献はアレサ・フランクリンらの台頭に寄与したとされる。)
- Ray Charles → Aretha Franklin:出典(レイ・チャールズとサム・クックはフランクリン最大の影響源の二人だと評されている。)
- Sam Cooke → Marvin Gaye:出典(クックのソウルへの貢献はマーヴィン・ゲイらの台頭に寄与したとされる。)
- Little Richard → Otis Redding:出典(レディングは「リトル・リチャードがいなければ自分はここにいない」と語った。)
- Sam Cooke → Otis Redding:出典(レディングはサム・クックのライブ盤を研究し、その歌唱から学んだ。)
- Little Richard → Wilson Pickett:出典(ピケットはリトル・リチャードを「ロックンロールの設計者」と呼び影響を受けたと語った。)
- James Brown → Parliament-Funkadelic:出典(クリントンはジェームス・ブラウン流のグルーヴを下敷きにし、JBsのメンバーを引き入れた。)
- Sly and the Family Stone → Parliament-Funkadelic:出典(スライ&ザ・ファミリー・ストーンの初期作はP-ファンクら集団に大きな影響を与えた。)
- Sly and the Family Stone → Earth Wind and Fire:出典(アース・ウィンド・アンド・ファイアーは自分たちの音楽がスライ・ストーンの影響を受けたと認めている。)
- Sly and the Family Stone → Prince:出典(プリンスらはスライ&ザ・ファミリー・ストーンの1970年以降の作品から強い影響を受けた。)
- Sly and the Family Stone → Miles Davis:出典(マイルス・デイヴィスは「スライを初めて聴いたとき最初の数枚をすり減らすほど聴いた」と自伝で述べた。)
- Curtis Mayfield → Marvin Gaye:出典(メイフィールドに影響を受けた音楽家にマーヴィン・ゲイが挙げられている。)
- Curtis Mayfield → Stevie Wonder:出典(メイフィールドに影響を受けた音楽家にスティーヴィー・ワンダーが挙げられている。)
- James Brown → Michael Jackson:出典(マイケルは子供の頃テレビでジェームス・ブラウンを見てダンスを真似て学んだと語った。)
- Stevie Wonder → Prince:出典(プリンスは最も敬愛する音楽家としてスティーヴィー・ワンダーを挙げ主要な影響源と認めた。)
- Prince → D'Angelo:出典(ディアンジェロは「アルバムのクレジットを読む側の人間で、プリンスが真のアーティストだと気づいた」と語った。)
- Marvin Gaye → D'Angelo:出典(ジョージ・クリントンはディアンジェロの『Voodoo』をマーヴィン・ゲイの1971年の傑作になぞらえた。)
- Stevie Wonder → D'Angelo:出典(スティーヴィー・ワンダーから直接の着想を得たアーティストにディアンジェロが含まれるとされる。)
- Stevie Wonder → Erykah Badu:出典(エリカ・バドゥはスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイらを初期の影響源として挙げている。)
- Marvin Gaye → Erykah Badu:出典(エリカ・バドゥは初期の影響源にマーヴィン・ゲイを挙げている。)
- James Brown → Public Enemy:出典(ジェームス・ブラウンのドラムループはパブリック・エナミーの「Fight the Power」などヒップホップ古典で多用された。)
- James Brown → Dr. Dre:出典(ジェームス・ブラウンのループはドクター・ドレーの「Let Me Ride」などで使われた。)