J-POPの影響系譜
J-POPの本流をさかのぼると、水源は一人の男に集まる。はっぴいえんどの中心にいた細野晴臣だ。 1966年のビートルズ武道館公演がグループ・サウンズに火をつけ、その音楽制作技法がはっぴいえんどを経て、日本語のロックとポップの原型になった。 細野はバンド解散後にティン・パン・アレーとYellow Magic Orchestraを立ち上げ、その一本の水脈がシティポップにも渋谷系にも分岐していく。 2007年の初音ミクが、そこに二本目の水源を加えた。 下のグラフは、この二つの源流から米津玄師・YOASOBI・あいみょんまでの矢印を、本人発言と評論の言葉で配線したものだ。
結節点としての細野晴臣
グラフを力学ビューで見ると、最も多くの矢印が出ていくノードが細野晴臣だ。 1969年のはっぴいえんどは、評論家から「日本のビートルズ」と呼ばれ、その手法が後のシティポップの源流の一つとされる。 解散後、細野はキャラメル・ママ(ティン・パン・アレー)に参加し、松任谷由実の最初のアルバム制作を支えた。 続いて彼は坂本龍一と高橋幸宏を招いてYellow Magic Orchestraを結成する。 細野はシティポップや渋谷系というジャンルを生み出すきっかけを作ったと評され、その血はCornelius(小山田圭吾)にまで届いている。

YMOから中田ヤスタカへ - テクノポップの一本道
YMOの音は外来の血で作られている。坂本龍一が1970年代半ばにKraftwerkを聴いてメンバーに紹介し、バンドは特に強くその影響を受けた。 Beach BoysとBrian Wilsonからの吸収も本人たちが認めるところで、電子音とポップスの折衷が「テクノポップ」の基準になった。 その系譜は数十年を飛び越えてPerfumeに接続する。Perfumeは2008年のアルバム『GAME』で、YMOの『浮気なぼくら』以来となるテクノポップのチャート首位を達成した。 Perfumeの音を全権で握るのはCapsule出身の中田ヤスタカで、きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲もすべて彼のプロデュースだ。

ボカロという第二の水源
2007年の初音ミク以降、J-POPはレコード会社やバンドを経由しない入口を手に入れた。 米津玄師は2009年にハチ名義で初音ミクを使ったボカロ曲を作り始め、supercellもニコニコ動画でミク曲を制作して台頭した。 Ayaseは入院中にミクで作曲を覚え、2018年にニコニコへ最初の曲を投稿し、その延長でYOASOBIを立ち上げた。 一方で米津は、BUMP OF CHICKENを自作への大きな影響だと語っており、ボカロ世代がバンド文化と地続きであることも見えてくる。 渋谷系・J-ロックの本流を継ぐのがあいみょんで、本人はスピッツやフリッパーズ・ギター、小沢健二を最初の音楽的目標に挙げている。 各ノードをクリックすれば、その枝の上流と下流へたどれる。


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出典(本人公言・評論の一部)
- The Beatles → Group Sounds:出典(グループ・サウンズは1966年のビートルズ武道館公演を機に生まれ、1960年代の英国ビート音楽から強い影響を受けた。)
- Group Sounds → The Tigers:出典(ザ・タイガースはグループ・サウンズを代表する主要バンドの一つだった。)
- The Beatles → Happy End:出典(評論家がその影響力から「日本のビートルズ」と呼んでも過言ではないと記した。)
- The Beach Boys → Yellow Magic Orchestra:出典(YMOはビーチ・ボーイズとブライアン・ウィルソンから影響を受けた。)
- Happy End → Haruomi Hosono:出典(細野晴臣はApryl Foolを経てはっぴいえんどを共同結成した中心人物だった。)
- Happy End → Yellow Magic Orchestra:出典(細野ははっぴいえんど解散後に先駆的な電子音楽グループYMOを共同結成した。)
- Haruomi Hosono → Yellow Magic Orchestra:出典(細野は坂本龍一と高橋幸宏をParaisoに招き、それがYMOへと発展した。)
- Kraftwerk → Yellow Magic Orchestra:出典(坂本が1970年代半ばにクラフトワークを聴いてメンバーに紹介し、YMOは特に強く影響を受けた。)
- Haruomi Hosono → Tatsuro Yamashita:出典(細野はシティポップや渋谷系といったジャンルを生み出すきっかけを作ったとされる。)
- Happy End → Yumi Matsutoya:出典(松任谷由実は細野晴臣を含むティン・パン・アレー(キャラメル・ママ)と最初のアルバムを録音した。)
- Haruomi Hosono → Tin Pan Alley:出典(ティン・パン・アレー(別名キャラメル・ママ)には細野晴臣が参加していた。)
- Tin Pan Alley → Yumi Matsutoya:出典(松任谷由実はティン・パン・アレーと共に最初のアルバムを制作した。)
- Haruomi Hosono → Cornelius:出典(細野はシティポップや渋谷系のジャンルを生み出すきっかけを作ったとされる。)
- TM Network → Tetsuya Komuro:出典(小室哲哉はTM NETWORKの中心人物で、同バンドはJ-POPの原型とされる。)
- The Blue Hearts → Spitz:出典(草野マサムネはザ・ブルーハーツから芸術的にも音楽的にも深く影響を受けた。)
- Flippers Guitar → Kenji Ozawa:出典(フリッパーズ・ギター解散後、小沢健二はソロ・アルバムを自身の名義で発表した。)
- Flippers Guitar → Cornelius:出典(解散後、小山田圭吾はコーネリアスとして海外でもカルト的支持を得た。)
- Flippers Guitar → Aimyon:出典(あいみょんの音楽的影響にはスピッツやフリッパーズ・ギター、小沢健二が含まれる。)
- Kenji Ozawa → Aimyon:出典(あいみょんの最初の音楽的目標は小沢健二やフリッパーズ・ギターに近いものだった。)
- Spitz → Aimyon:出典(あいみょんは尾崎豊やスピッツの曲をカバーしながら独学でギターを覚えた。)
- Hatsune Miku → Supercell:出典(supercellはニコニコ動画でボーカロイドのミクを用いた楽曲を制作し台頭した。)
- Hatsune Miku → Kenshi Yonezu:出典(米津玄師は2009年にハチ名義で初音ミクのボーカルを使ったボカロ曲を作り始めた。)
- Bump of Chicken → Kenshi Yonezu:出典(米津玄師はBUMP OF CHICKEN、アジカン、RADWIMPSを自作への大きな影響と語っている。)
- Hatsune Miku → Ayase:出典(Ayaseは入院中に初音ミクで作曲を始め、2018年にニコニコへ最初の曲を投稿した。)
- Ayase → YOASOBI:出典(YOASOBIの音楽はボカロを根に持ちポップ・ロック・電子を融合する。)
- Capsule → Yasutaka Nakata:出典(中田ヤスタカは電子バンドCapsuleの一員で、2003年にPerfumeのプロデューサーになった。)
- Yasutaka Nakata → Perfume:出典(Perfumeの音楽は中田ヤスタカが全権を握って制作している。)
- Yasutaka Nakata → Kyary Pamyu Pamyu:出典(きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲はCapsuleの中田ヤスタカがプロデュースしている。)
- Yellow Magic Orchestra → Perfume:出典(Perfumeは2008年のアルバムGameでYMOの「浮気なぼくら」以来初のテクノポップ首位を達成した。)