系譜アジア(J-ROCK/K-POP)

ボカロ/VOCALOIDの影響系譜

系譜
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ボカロはソフトの話ではない。作曲家の系譜の話だ。 2007年、歌うソフトウェアとして世に出た初音ミクは、レコード会社もバンドも通さずに曲を発表できる入口をひらいた。 その入口に立ったのがニコニコ動画で、ここに投稿された無数の楽曲から「ボカロP」という書き手の群れが立ち上がる。 そのうちの何人かは、名義を変え、生身の歌い手を得て、そのまま現代J-POPの中心に座った。 下のグラフは、初音ミクという結節点から米津玄師・YOASOBI・ヨルシカ・Adoまでの矢印を、本人発言と記録の言葉で配線したものだ。

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★ 大物 ルーツ 中核 子孫実線=本人公言 / 細線=評論 / 破線=派生
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初音ミクという結節点と、メルトショック

グラフで最も多くの矢印が集まるのが初音ミクだ。ここが系譜の水源にあたる。 火をつけたのは2007年12月、ryoがニコニコ動画に投稿した「メルト」だった。それまで機械の声として扱われていた初音ミクを、ryoは一人のシンガーとして歌わせてみせた。 この一連の現象はのちに「メルトショック」と呼ばれ、初音ミクがシンガーとして広く受け入れられ、多彩な楽曲が投稿される転換点になったとされる。 ryoはこの曲を核にクリエイター集団supercellを立ち上げ、ボカロが「作品」を生む場になることを証明した。

ボカロPという書き手の群れ

メルト以降、初音ミクからは書き手への矢印が一気に増える。 wowakaは2009年4月から初音ミクを使った制作を始め、高速で言葉を詰め込むロックでボカロシーンの一角を築いた。 同じ2009年、ハチ名義の一人の若者が「お姫様は電子音で眠る」をニコニコ動画に投稿する。このハチが、のちの米津玄師だ。 DECO*27は友人にニコニコ動画を教えられて投稿を始め、kzはlivetuneとして初音ミク楽曲をネットに公開し続けた。堀江晶太もkemu名義で2011年に投稿を開始している。 彼らに共通するのは、バンドやレーベルではなく、一台のソフトと一つの動画サイトから始めたことだ。

名義を替えて、表に出る

ボカロPの系譜が決定的なのは、書き手がそのまま生身のアーティストとして表に出た点にある。 ハチは米津玄師として本名の活動に移り、自身の音楽に最も影響を受けたアーティストとしてBUMP OF CHICKENを公言している。加えて、友人だったwowakaやsupercellのryoからも刺激を受けたと明かしており、ボカロP同士の横のつながりが一人の作家を作ったことがわかる。 wowaka自身は2011年にロックバンド・ヒトリエを結成し、n-bunaは2017年にsuisとヨルシカを、Ayaseは幾田りらとYOASOBIを立ち上げた。いずれも出発点はボカロPだった。 出力の側も同じ入口から来ている。Eveはニコニコ動画で「メルト」を聴いてVOCALOIDにのめり込み、Adoは歌ってみたの投稿から歌い手になり、そこへsyudouが「うっせぇわ」を提供して火がついた。 各ノードをクリックすれば、その書き手がどこから来てどこへ抜けたか、上流と下流の両方向へ辿れる。

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出典(本人公言・評論の一部)